心だけ傷つくよりも、ちゃんと戦って生傷を得たい
心だけ傷つくよりも、ちゃんと戦って生傷を得たい
「プログラムを魔法か何かと勘違いしている」 とよく聞くけれど、あなたがプログラムを始めたとき、まるで魔法みたいだとわくわくしていなかった?いつから自分のなかで魔法じゃなくなってしまった?魔法だと思われて上等じゃないか。それでも苦しいときはこう言うんだ。 「MPが足りません」 と。
何をするにしても、よく考えて意味を持たせる事は絶対大切だと思う。
何を創るにしても、本気で創る事は大切だと思う。
私はそれを忘れてしまっていた。 自分自身の甘さやいい加減さと戦う事を止めてはいけないと、長い間契約のように行なってきた行動が、 気の置けない友人関係と安心しきってしまう人が出来てしまったので平和ボケというのか、忘れてしまっていた。
流されちゃいけない。
私は一人で大丈夫だ、立って行けると思っていかなきゃ。
人に頼る事ばかりしてたら自分の無くなるし、迷惑も掛けてしまう。 人は一人では生きていけないけど、やっぱり自分自身の真を通していかないともっと自分の存在があやふやなものになってしまう。
存在感の無い人は何故笑っていられるのだろう。
私はきっと、笑えない。
だって笑っても誰も見てくれないもの。
きっと、(信じてないけど)天上で下界を見下ろす唯一神アッラーとかは、人を救うどころか、言葉も、笑う事すらも知らないのだろう。
2004年11月30日(火) 考える事
急いで怒って、相手が親切だったり優しいと、自分はなんて駄目な奴なんだと思ってへこむ、
何かをやめたり、何かをはじめたり、そうする理由は、決して辛かったとか嫌だったからじゃだめなんだ。そういう事もあったかもしれないけど、理由じゃない。
うにゃもー・・・(‘-・)
だめだなぁ。全然冷静な人じゃない。落ち着いてみたら、そんなでもない事ばっかりなのに。
明日から2日の間が不安
僕は多くの美大生がそうであるように、小さい頃から絵を描くことが好きでした。
そのまま年をかさね、四年前の春、多摩美に入学しました。
その時間のなかで、自分がどれだけ成長できたのかわかりません。
つくられた作品は自分の想いに比べて小さすぎたり、誰かに届かない稚拙なものであったりしました。
しかし、自分のつくりたいものがつくれて、誰かに褒めてもらえたときは、それまでの苦労を忘れるくらい嬉しかったです。
自分自信をみつめ、友人と過ごした学生生活を振り返ると、甘くもありほろ苦い、マーマレードのようなものだったと思います。
四年熟成、純度100%のマーマレードは瓶詰めにして、ときどき蓋を開けてつまみ食いしながらも、大切にとっておこうと思います。
今年の展覧会は「Hello」をコンセプトに掲げました。
卒業制作展は大学生活の終わりでもあり、これからの人生の始まりでもあります。
これからの人生にきらめく期待をかかえ、社会への挨拶とともに僕らは卒業しました。
最後になりましたが、ご指導くださった先生方、ご支援いただいた学校関係者各位、
御協賛頂いた企業各位、ならびに家族に心より感謝いたします。